桜を見ると、日が暮れるまで壁打ちを熱心にやっていた中学生の頃を思い出す。
家から自転車に乗り、踏切を渡ってしばらく行くと小学校があって、そこの体育館の脇のスペースがテニスを始めた頃のプライベートコートだった。
夕方(だったと記憶している)にテレビ東京で放映していた30分のテニス番組を見終わってすぐ、バッグにラケットとボールを詰め込み、その小学校へダッシュで向かう。たった今観た映像の記憶が鮮明なうちに壁打ちをする必要があった。ボルグのフォアハンドはこうだったなとか、マッケンローはこんなタイミングでボールを打っていたなどと思い出しながら、体育館の壁に向かってボールを打ち続けた。
生暖かい風が吹く春の日の夕刻。放課後の校庭では子どもたちが野球をやっていた。体育館とプールの間に大きな桜の木があった。ボールに花びらがくっついた。春の匂いがした。
すでにテニスをやっていた父親に教えてもらったことはあったけど、僕は壁打ちでテニスをマスターした。壁とラリーをしながら、少しずつ自分が上達していくのがわかった。壁の向こうにマッケンローがいると想定して(相手は毎回違った)、10回ミスなくラリーが続いたら自分のポイントというふうにルールを作り、1セットマッチを行う。最初の頃はすぐにラリーが途切れてしまったけど、そのうち何本でも続けられるようになった。
「粘り強さ」が自分の身上だとひそかに思っているのだけど、おそらく壁打ち育ちだからではないだろうか。あのときの反復練習が僕の記憶と体の芯の部分にインプットされ、少しずつ自分のスタイルとなっていった。
壁打ちといえばおもしろい話があります。
皆さんは坂井利郎さんをご存じですか? 昔、KTGの合宿に特別ゲストとしてお呼びしたこともある坂井さんは、全日本選手権では1974、75年と2連覇、ダブルスは71~76年に6連覇を遂げたスゴイお方。世界でも活躍し、73年のウインブルドン3回戦では、敗れたもののセンターコートで第1シードのイリ―・ナスターゼと熱戦を繰り広げた。引退後はデビスカップやフェドカップの日本代表チーム監督を歴任し、伊達公子さんのコーチを務めたこともある、日本テニス界のレジェンドだ。
テニマガ編集者時代、その坂井さんに毎月お会いして取材をしていた時期があった。ご自宅にアポイントの電話を入れるのだけど、あるとき、息子さんの利彰くんが電話口に出て、「親父はさっき、壁打ちしてくると言って出掛けました」と言う。えっ、壁打ち?あの坂井さんが?と驚いたことがある。後日、「坂井さんでも壁打ちをやるんですね」と言ったら、「好きなんだよね。ゲームをする前に壁打ちをするのが僕のルーティーン。最近は壁相手にトップスピンを練習しているんだ」とのことだった。
これを書いていたら、久しぶりに壁打ちをやりたくなってきた。ぜひ皆さんも機会があったらやってみてください。あ、大人は小学校の体育館の壁でやるのはダメですよ。
いつもコラム楽しく拝見しています。
壁打ち繋がりの素敵な話ですね。
支配人のあの粘り強いテニスは、壁打ちから生まれたのですね。特に機械のように正確なバックハンドが素敵です♡
手ニスではなく、足ニスと坂井さんが言っておられたのを記憶しています。フットワークって大事なんですね!
またレジェンドコラム楽しみにしています(^-^)v