第49回 雨の記憶。

 

 雨の日は、好きですか?

 僕は嫌いじゃないです。何日も雨でテニスができないのは勘弁してほしいし、災害を引き起こすような土砂降りはもちろん嫌だけど、梅雨らしい静かな雨はわりと好きです。時折窓の外の雨を眺めたりしながらのんびり本を読んだり、空想したり、音楽を聴いたりするのは好きな時間の過ごし方のひとつだし、傘を差すほどでもない霧雨の中を、犬といっしょに公園を散歩するのは、しっとりとしていて気持ちがいいものです。


 なぜ、そんなことを思ったかというと、このところ毎日、ウインブルドンの中継を観ているから。この時期はロンドンも雨の日が多く、ウインブルドンといえばよく雨で試合が中断するイメージがある。現在は開閉式の屋根が設置されたので、シートに覆われたセンターコートの映像を延々と見せられることはなくなったけど。


 ウインブルドンには1996年に一度、取材で訪れたことがあります。この年は伊達公子がキャリア最高のグランドスラム大会ベスト4をマークした年で、夕闇迫るセンターコートで当時の女王シュテフィ・グラフを追い詰めた準決勝を覚えている方も多いと思います。ほかにも、松岡修造が初めてセンターコートに登場(2回戦、対ミヒャエル・シュティヒ)、また、弱冠20歳だった杉山愛がウインブルドン4度目の挑戦にして初めて1回戦を突破し、ベスト16まで勝ち上がるなど、日本テニス史に残る年でした。


 また、この年は例年以上に雨の多い年でもありました。イギリス特有の天候なのか、一日の中でいろいろな季節を味わえるというか、天気がめまぐるしく変わる。抜けるような青空が覗いたかと思うと、一転して雨。そのたびにスタンドにカラフルなパラソルの花が咲く。度々の中断で予定通りに試合が消化されず、締め切りに追われる身としては、なんともストレスフルな日々でした。このペースで大会が無事に終わるのだろうかと心配したのだけど、不思議と2週目の日曜日にしっかり終わるんですよね。


 日本選手たちの活躍とともに印象に残っているのは、試合が中断しても少しもイライラせず、いつ再開するかもわからない試合を根気強く待っていた観客たちの姿でした。席を立つことも、文句を言う人もなく、ただただじっと待っている。「これがウインブルドンだから」とでも言いたげな余裕の表情を浮かべ、傘を差しながら、友達と、恋人と、夫婦で、家族で、おしゃべりしたり、お茶したり。まるで待つことを楽しんでいるかのように。


 100年以上の歴史を持つウインブルドンの、過去に幾度となく繰り返されてきた、ありふれた光景なのかもしれないけど、めまぐるしく変わる天候にもまったく動じない地元の観客の姿に、なぜだか僕は、テニスの聖地と呼ばれるこの大会の、伝統の重みを感じたことをよく覚えています。


 日本に帰ったら、もっと雨の日を楽しもう。ウインブルドンの観客のように、どっしりと構え、自分の置かれた状況を楽しもう。どうあがいたとしても、自分の力ではどうしようもできないのだから。


 今日も朝から雨。今年は、いかにも梅雨というような、しとしとと静かに降り続ける雨が多いような気がします。

 クレーコートにできた水溜りにぽつぽつと雨粒が落ちる光景を眺めながら、もう25年も前になる遠い昔の記憶が蘇った金曜日。


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